TOP Introduction 河童考 絨毯話 Photo Gallery
トルコ共和国 Link Mail BBS

 頑張ってDiary毎日更新(いんしゃっら)
<<Ağustos | 次のページ>>
2005年9月19日(月)
最後のトゥルシュ仕込&ラハナドルマス&旦那のプレゼント

朝からトゥルシュ(野菜の酢漬け)を作った。
これで大きなシシェ(ボトル)6っこ分くらいになったかな。
アンネも、もう十分みたいだから、今日ので仕込は最後にしましょう、と。
始めの頃に漬けたヤツはもうそろそろいいお味になってきてる様子。
早く食べたいなあ。じゅるっ。

その後、今日の夕飯作り。
今日はラハナドルマス(ロールキャベツのトルコ風)を作りました。
柔らかくってめちゃウマ!いくらでも食べられそうなりー!
お母さん明日も作って!って感じで。
このメニューも「アンネの手料理レシピ集」に入れる予定で作り方もメモったし、
写真も沢山撮った。料理の写真も溜まってきちゃったなあ、早くレシピ集まとめなきゃあなぁ。

てな事言ってたらナージク旦那から休暇のプレゼント♪
休暇!ターティル?!日本に行って少し羽根伸ばして来い、と。てへへ。
ここの所立て続けに体調を崩したので旦那が思いついて、飛行機のチケットをプレゼントしてくれました。
「やっぱ一度日本語で医者と話したいんじゃないか?」って。
お腹壊してひーひー言ってる時にアンネに「何が食べたい?」って聞かれて
日本語で青色吐息に「讃岐うどんがたべたい」って言ってるのを見て哀れに思った由。

てな事でちょっと留守にします。
明後日の飛行機だとかで急ですが。
日記ってか近況報告はBBSで書いていきますね。
ラマザンまでには戻りたいけど、今の所戻り日は未定です。
最長で2週間メドなつもりですが。

2005年9月18日(日)
サルチャ第三弾!

サルチャ精作第三弾をやりました。

今回はアジビベルも入れてアジサルチャ(辛いサルチャ)。

前回の量の約半分くらいかな。でも朝トマトを潰す作業を始めて結局午後3時くらいまでかかった。
今日はアンネと二人の作業なので、煮詰める間サルチャをかき回すのはほとんど私が担当した。
直火だから風が吹くと急に火が強くなったりして、桶の底のサルチャを焦がさない様に慎重にかき回す作業は
結構骨が折れるんだな。
焦がしちゃったら、焦げた匂いがついちゃって、全部台無しになっちゃうからね。責任重大。

前回手伝いに来てくれた次姉アブラ、今日は長姉アブラ宅でナント160kgものトマトをサルチャにするとかで
そっちの手伝いに借り出されていった。

次姉アブラはいつも「手伝いに借り出される人」。
毎日の様にあっちこっちと手助けに行っていて、いつ自分ん家の事するんだろう、って思うんだけど、
いつアブラん家に行っても家ん中はピカピカ。すごいと思う。
長姉アブラ宅でのサルチャはお姑さん宅やイスタンブルに住まう長女や長女のお姑さんなんかに配られるらしい。

サルチャを煮詰めた後のオジャク(釜戸)の残り火でクルファスリエ(牛肉と白いんげん豆の煮物)を作る。
お決まりに私はアルミフォイルに包んだじゃがいもも放り込む。
おやつにジャガバタを食べて夕飯は柔らかーいクルファスリエを食べて胃腸の健康に感謝したのでした。

残りの庭のトマトが色付いたら今年最後のサルチャ精作(第四弾)をやってサルチャ作り終了予定。
あとの冬支度はペクメズ作りとマカルナ作り、マントゥ作り貯め、再びケスメマントゥ作り、トルシュ(野菜の酢漬け)作り、
などなどなど…の予定。あ、ハムルスズも作り貯めしなきゃな。

2005年9月17日(土)
おお!掃除!

私たちの部屋の掃除にアンラハラーゾスン、アブラが朝8時から駆けつけてくれました。
いつもいつも次姉アブラはこんな感じ。
困ってそうな状況を見ると放って置けない。すぐ駆けつけてくれる。
働き者で力持ちで思いやりに溢れてて。
よくトルコの人って自分を客観視するのが苦手だって言う風に書かれてたりするけど、
確かにそんなトコある。でもこのアブラみたいに人の事を慮る能力に優れた人が日本の優に倍は居ると思う。
自分を客観視出来ない代わりに人の事も客観視出来ない、全部自分に置き換えて解釈する。
「おっちょ大丈夫かしら?周りが忙しそうにしてる時に一人病気しちゃって心細いんじゃないかしら(私だったらそうだわ)
 掃除が進められなくて肩身が狭い思いをしてるんじゃないかしら(私だったらそうだわ)
 病気なのにカイナナ(姑)にはっきり言えなくて助けが欲しいんじゃないかしら(私だったらそうだわ)
 エトセトラエトセトラとにかく私が助けなくて誰がおっちょを助けてくれるの!」
って独白は全部私が多分アブラはこう考えたんじゃないかな?と想像してみました。
でもホントこんな感じの人。
いつもいつもアブラの主観で考えるので当たっている時も間違っている時もある。
でもこの人の心の中はいつでもテミズ(清潔)。行き過ぎがあっても絶対に憎めない大好きなアブラでやんす。

で、アブラやアンネや力仕事は男どもの手を借りて、
家の中はテンテミズオルドゥ(完璧に綺麗になりました)。ああ幸せ。
エッリレルニゼサールックありがとうごございましたー!

2005年9月16日(金)
かぼちゃの種をま・き・ま・し・た、じゃなくて採りました♪

今日は私も普通に起床、復活宣言。
でもアンネもババも引き続き病人扱い。
今日はまだまだとっちらかった上のフロアの大掃除をしなきゃなあ、と思ってたんだけど、
アンネが「明日、又アブラ達があなた達のフロアの掃除に来るから今日は何もしなのよ」って。
えええ?そりゃあ悪いよお出来るところは自分でやるよお、ゆっくりやるからさあ、と言ってみたけど、
「アンタまだ病気なんだからムリしないの!明日皆で一緒にやるの!今日はやっちゃダメ!
私がダメって言ったらダメ!いい?おっちょ今日はタマム(OK)しか言っちゃダメ!」って(笑)。
分かりました分かりましたタマムタマム、今回はちゃんと甘えます(笑)。
今日も寝ていろとアンネは言うんだけどもう十分。飽きちゃった。
「ジャンスクルドゥム(退屈で寝てられない)」と言ったら「分かったけど冷えないようにしてなさいよ」と起きてても良い令。
で、アンネの作業の見物。
庭で採れたかぼちゃを割って種を採りだす。
真ん中の写真はだいたい3分の1量。大量の種を採取しましたー。
で、採りだした種を今度はババがバイクで3往復ぐらいしてチャルシェ(中心街)のフルン(竈屋さん)へ運ぶ。
竈で炒って貰って、左の写真、我が家の「kabak cekirde i(カバックチェキルデーイ)」の出来上がり!
大きめのビニール袋で10袋分くらい出来ました。
日本の家族にも送るねえ。
すぐ食べたいけどまだお腹が本調子じゃないからやめときました。
早くポリポリ食べたいなあ。

2005年9月15日(木)
病院へ

今朝は昨日よりも更に復活な感じではあるんですが、お腹はまだ全然治りません。
三日も四日も下痢ぴーしてると、後ろの方がねえ、痛くて痛くて。
すっかり治ったと旦那も思っていたのに引き続き往生そうな様子のワタクシ。
旦那がとりあえず病院に連れて行くと言う。
私も今日は素直に従う。
家ん中は今日はアブラ二人が手伝いに来てくれているので、アンネ一人で走り廻るって訳でもなさそうだし、と。
ネブシャヒルの前に行った病院で病状を話し、検査をして、薬の処方箋を書いて貰う。
すみませんお尻の薬もお願いします、と言い添えるとドクトルもピンと来た様子。
良かった、救われた。
家に帰って早速、腹痛の薬と塗り薬を試す。
いきなり楽になったなり。
お腹の緩いのは少しずつ治すとして、とりあえず目の前の痛みがないって素敵。

2005年9月14日(水)
少し復活

少し復活。
熱も明け方には下がって6度5分。
でもまだお腹は新幹線並み。

今日はウスタ(←実はまだ意味を掴んでません技術者ってな意味かな?)がやって来て、
家の中のあっちこっち掘り返したり穴を開けたりした箇所をセメントで埋め立てて、更に上から白いベトンで化粧を施していく。
朝8時過ぎにやって来て、とりあえず下のフロアから作業を始めて、
私の寝ている部屋は一番後回しにしてくれた。

私の方も夕方には復活の兆しを得、服も着替えて少し人間らしくなってきました。
起き上がれたので自分でチキン雑炊を作って食べた。
日本食ってお腹に優しいなあ。

2005年9月13日(火)
空白の一日。

今日は作業も一日お休み。
明日は又作業があるんだけど。

皆、お疲れモードで休憩。

私は熱も8度のまま。
当然ベッドの中。
熱も熱なんだけど…今回の風邪、お腹に来ました。もうこれはキターッって感じで。
ものすっっっっっっっごい下痢…汗。
水を飲んでも10分後には(汚い話ですみません)シューっと音を立てて通り過ぎていくだけ。
最新の新幹線もまっつあお。
アンネが心配して「食べなさい、食べなさい。風邪は食べなきゃ治らないわよ」って
いろいろ持って来てくれるんだけど、トルコ料理って基本的にヤースズ・スズ(笑)油抜き料理皆無。
驚いちゃったんだけど子供を何人も育てた主婦歴50年のアンネですら、
超音速下痢な私に持ってきてくれるのはマントゥ(当然油たっぷりのトマトソース掛け)や
ノフットチョルバス(ノフットのスープ当然油たっぷり)。
無理無理ムリです、食べられないよ。今日は水だけ飲んで大人しくしてるよぉ、って言っても納得しない。
ベッドの端に腰掛けて「いい?おっちょ!風邪は食べなきゃ治らないのよ。とにかく食べなさい。
食べなきゃ私出て行かないわよ」って。
アンネの経験値では病気は食べて治すものらしい、それは一つの真実だろうけど「下痢」なんですうぅ。

根負けしてスプーン一杯、うーん二杯、と少しずつ口に運ぶ。
うーん、讃岐うどんが食べたい。

で、なんだかんだと夕方には少し熱も下がってきて。
あながちムリクリ食べるのも悪くなかったのかな、と思い直す。
でもまだまだお腹が痛い。

2005年9月12日(月)
作業二日目

作業二日目。
今日は上のフロアに作業が移ったので、私は下に下りてきた。
下も下でまだ作業は続いているので、私はアンネの畑仕事の手伝いなどしてみたりして。
昨日に比べたら全然楽しいわー。
で、ふとお隣の庭を覗くと火を熾して何かやっている。
「コライゲルスン(ご精が出ますね)」と声を掛けてみた。
「ナピヨルスヌズ(何やってるんですか?)」
「エキメキを焼いているのよ」と。
お隣のお嫁さんの出身の村では、こうやって庭でパンを焼くのだそうな。
いい匂いですねぇ、と言った途端におすそ分けを貰っちゃいました。てへへ。
カパクエキメキと言うパンで小麦粉の甘さがいい香りのふわふわなパンです。
香ばしい蒸しパンか、ふわふわに柔らかいナン、ってな感じ。
何にもつけずににそのままむしゃむしゃ食べちゃいました。美味しかったぁ。

で、今日も賄いを作るアンネ、今日は私もお手伝い。
ノフットのスープとチョバンサラタスとマカロニのトマトソース&山盛りエキメキ。
作業の方々ってば、こうして毎日いろんな家で手料理にありついてる訳ですねえ。
トルコ料理の真髄がアンネの家庭料理にあるならば、なんて素敵な職業でしょう。

今日なナント夜九時まで働いていきました皆様。
つまりは旦那もババもその時間まで…、うううお疲れさまですう。
私は時折、荷物の片隅で毛布に包まってうたた寝などしながら今日の作業終了を待っていたのでした。
私の状態を覗きにきた旦那が最初に異常に気がついた。
「おっちょ?寒いのか?」
「寒いじゃん、めちゃめちゃ。旦那はなんでTシャツなの?風邪引いちゃいから何か他に着なよ」
「今日はそんなに寒くなんかないぞ。お前こそ風邪引いたんじゃないか?」
そう言われてみるとなんだかダルイ。寒気もする。
体温計で計ってみたら…じゃーん。8度5分。
かぜひいてしまいましたーおなかもいたーい。ううううううう。(涙)

2005年9月11日(日)
カロリフィルジュ(セントラルヒーティング業者)来る!

カロリフィルジュがやって来た!
今日から一応三日間の予定で家中をほじくり返すはず。
一日目は下のアンネ達のフロアから始めて、明日は上の私たちのフロアに来襲の予定だそうな。
とりあえず、下の状況を見てから、と荷物は適当に部屋の隅に片付けておく。
朝は車で10人くらいの作業員の方々がやって来たが、荷物を降ろし終わると帰っていったので、
実際の作業は6人くらいでやってる模様。
模様ってのは私は基本的に下に行かない。
だって作業の方がたで立て込んでる所にのこのこ降りて行っても、邪魔になるだけだし、
下の状況次第では上のフロアももっとまともに荷造りしなきゃいけなくなるかもしれないじゃん。
それにホラ男性ばかりの中にフラフラ出て行くのは慎み深い妻としては出来ないわあ、とかかんとか言って
私は上でぼんやりしてた。
一番最後の理由がアンネ的には一番ピンと来る理由のようで、
「分かったわ、おっちょ。そうよね。今日はむつくけき男どもが大量に居るんですもの、あなたは上で大人しくしてなさいね。」と
仕切りに頷いていた。
でも、やっぱ退屈。
PCはまとめちゃったので開けないし、まさかTVを観る訳にもいかないしなー。
って結局ゴロゴロしてた。
朝、9時に来た野郎どもは賄い(アンネ特製)のマントゥ昼食を挟んでナント8時くらいまで作業をしていった。

旦那もババも男どもに混じって、まったく普通に働いてる。
ええ?二人は施主様なんじゃないの?
ってトルコではこれは普通の事みたいデス。
そのんちの男性陣は一緒に働く。女性陣は働く方がたに食事を賄う。
旦那曰く、「俺やババが働かなきゃ、作業の人たちだって働きゃしないよ。」
ええ?だって施工費用払ってるのはこっちじゃん?
「これがトルコです。」と。
そうなんだー。うーん。大変だぁ。
とりあえず、一日目終了お疲れ様でした。

2005年9月10日(土)
大サルチャ大会

大サルチャ大会決行!
急遽、本日の決行と相成りましたっ。
朝、ババ、アンネとパザールへ行って、クルムズビベル(赤いピーマン)を10kgマキネ(機械)で粉砕して貰いました。
そして、準備していたトマトをまずはデカイ盥の様な鍋へぶち込んで下煮。
柔らかくなったところで、手で漉していきます。(やっぱ手でやっちゃうアンネ)。
再び鍋に戻して、朝買って来たクルムズビベルジュースも入れて、
そこからは延々と焦がさない様にかき回しながら煮つめていきます。
火の状態を見極めながら慎重に慎重に。

道を行くご近所さん達が「コライゲルスン(頑張ってね)」と声を掛けながら行き過ぎます。
こちらもいちいち「サーオルン(ありがとう)」と答えながらの作業継続。
ときたま横に座り込んで話し込んでいくご近所さんには、私もポッケの飴を奨めたりしながら井戸端会議も作業のうち(?)
かき回す作業もアンネ、手伝いに来てくれた次姉アブラと私の3人で交代交代。
新聞紙を敷いた庭でお茶を飲みつつの休憩もありなので疲れるピクニックみたい。

大体、半分くらいまで煮詰まったところで、塩をどしゃどしゃと入れ込んでいきます。
途中でコップ一杯のゼンティンヤー(オリーブオイル)も入れました。
そして更に更に煮込んで、大体、全体で10L位までに煮詰めました。
最後に日に干して煮詰めたサルチャも混ぜ入れちゃいましたー。
ガラス容器の中で冷まして、冷め切ってから蓋をして、アンバル(半地下の貯蔵庫)に入れたんだけど、
試しにエキメキ(パン)に載せて食べたら絶品の旨さでした。
このままでも旨いトマトペーストです。

このサルチャ作りを始め、冬支度全体、写真が大量になってしまったので、
作業内容の紹介も兼ねて、一度河童考のコーナーにまとめますねえ。

この日は残り火でブルグルチョルバス(ブルグルのスープ)も作ったし、
私はパザールで買って来たポタテス(じゃがいも)もアルミフォイルに包んで入れて込んで、
ホクホクのジャガバタも食べて疲れたけどお腹は大満足な一日でした。

2005年9月9日 (金)
サルチャ第一弾驚きの事実&本格的第二弾準備中

今朝判明した事実ですが、
この間から日に晒しているサルチャ第一弾はこのまま日に当て続けて終了なんですって。
二つあったテプシ(桶)をひとつにまとめて今朝の時点でこの量。
だいたい4分の1ぐらいに煮詰まって(干上がって?)きました。
独特なサルチャの香りが強烈に漂ってます。近くにいるとツバが出てきますジュル。
鍋で煮るサルチャと日に当てて煮詰めるサルチャ、アンネはどっちも一緒って言うけど、
ババはやっぱり日でゆっくり煮詰めたサルチャの方が旨い、と言う。
私もそう思うなあ、だって干し魚だって日にあてて旨みが増すんだからさ。

そして本格的サルチャ精作第二段の準備。
今日は残りのトマトのうち3分の1量くらいを洗って、ざっくりと切り揃えました。
一番大きなポリバケツいっぱい。
その間にババがバフチェ(庭)に大きな竈(だいたい1m×60cmくらいかな)をこしらえてくれました。
この竈に薪をくべてサルチャを煮詰めていきます。

残りのトマトの完熟を待って、多分、今週の日曜日には大サルチャ大会ってな具合になりそうです。
アブラ達にも既に召集令が出されました(笑)。
私も頑張るぞー!

2005年9月8日(木)
セナのクナ

セナのお誕生日。
6歳になりました。
Doğum gününüz kutlu olsun!

昼間遊びに来たセナが「クナ」をやりたいとアンネアンネ(おばあちゃん)せがんだ。
最近、学校より結婚がブームなセナ、クナゲジェ(結婚式前夜に花嫁と女性だけで集まってやる特別なイベント)を
やりたいのねん。
いつもは「後でね、後でね」ってごまかしごまかし、面倒なんで放っておいたんだけど
今日のセナは全然引かなくて、やる!と言ってきかない。
仕方がないのでアンネがクナ(ヘンナ)を水で溶いて、セナの手のひらに乗せて、
新聞紙とナフキンで包んだ。数時間はこのまま放置しなきゃならない。
手を握った状態で布にくるまれたセナは何にも出来ない。
…。
ここで私とアンネは、お互い目を合わせて頷きあったのでした!
そう!こうして置くと、この子ったらイタズラ出来ないじゃない!!!!
わっおー!
今日はこのまま手をグルグル巻きにしておきましょう!

卵が食べたいって言うセナにゆで卵を作ってあげた、
当然、自分で食べられないのでアンネが剥いて口まで持っていってやった。
今日はいい子のセナちゃん。改めまして6歳のお誕生日おめでとう!
今、ダユ(叔父さん)がお誕生日ケーキ買って帰ってくるからね。

2005年9月7日(水)
ハンバーグ&サルチャ第一弾

料理したい気分を引きずって、今日は日本風のミニハンバーグを作ってみました。
アンネやババに「日本の」って言うと構えてしまって食べないので、
「おっちょオリジナルでキョフテを作るね」って言っときました。
辛めで硬いこっちのキョフテも好きは好きだけど、
柔らかくて野菜の甘みたっぷりの日本風ハンバーグもたまには食べたいな、と。

今日は朝から我が家サルチャの第一弾やってみました。
(ってアンネがやったんだけど。)
完熟トマトを一個一個丁寧に潰して、トマトジュースを抽出。
それに塩を入れて、日に干します。時々かき回します。
今のところしょっぱいトマトジュース以外の何者でもない。
今日は試しにちょっとだけやったって感じなので、
この間バフチェ(庭)から大量に収穫した段ボール箱三箱分くらいのトマトが
もう少し赤くなったら、一気にサルチャ精作いたしますデス。
今回はアンネが手作業で潰したけど、その時はロボットジューサーを投入して、
作業する所存。
アンネは怖がって全然マシーンを駆使しない、全部手でやろうとするので、
めちゃめちゃ大変な作業なんざます。
いまどき手でやってる人いないよぉ、って言ったら、
ダンナが「今どき家でサルチャ作る人いないよぉ」って茶々を入れてきた。
今はスーパーで買うもんだって。
私には分からん。私の周りは、ご近所もアブラ達も全員家で作ってるんだもん。

2005年9月6日(火)
ポタテスサラタス問題

なんだか料理したい気分。
おもむろにポテトサラダを作ってみた。
この間のパザールでデッカイブロッコリーを買ったので、どっちかって言うとブロッコリーサラダみたいだけど。
こっちで食べて美味しかったポタテスサラタスは、ジャガイモ茹でて、切って、ヨーウルトソスとナーネ(乾燥ミント)を
絡めただけの超ヘルシー簡単サラダだった。
じゃがいもの粘度も糖度も高いので、
実際、ただの蒸かし芋が一番美味しいって気もするっす。
でも、今日はマヨネーズばっちり入れて、他にもにんじん何かも蒸かして入れ込んで、
ボリュームたっぷりに作ってみました。
夕飯に出そうかな、と思ったら、アンネが
「ええ?夕飯にポテトサラダは出さないわよぉ」って。
「逆に、えええ?マジで?なんで?」って聞いたら
「えええええ?わかんないけど、夕飯にポテトサラダって何か変じゃない?」って。
トルコ的にはポテトサラダっておやつに分類されるみたい、よく分からないけど。

夜遅く帰宅したダンナは立派な夕食として、サラダ喜んで食べたけどな。
アンネ的に変なのか、トルコ的に変なのかは分からないっす。
確かに、昼お茶でミサーフィルにお邪魔した時しかポタテスサラタスって食べた事ないなあ。

2005年9月5日(月)
ヤッター!二段階昇格!!

本日も朝から冬支度モード。
今日はケスメマントゥを作りました。
これは小麦粉に塩と水を入れて捏ねて、しばらく置いてから
普通のマントゥみたいに広げて(でも普通のより硬いんだなこれが)
それを細かく切っていく。
マントゥみたいに調理も出来るし、マカルナみたいに調理も出来るし、
チョルバス(スープ)の中に入れることも出来て重宝しますデス。
今日は冬を越せる分くらいって事で2kgの小麦粉を全部ケスメマントゥにしちゃいました。
朝から午後3時くらいまで二人でかかりっきりで頑張りましたのぉ。

で、何が二段階昇格かって言うと、
いつものマントゥだと、私なんかは丸める作業だけで、粉捏ねるのも広げるのもアンネのお仕事だった。
もうしばらくしたら私にも切る作業が割る振られるなあ、と時期を待っていたんでやんす。
切る作業を認められたら、きっと広げる作業もすぐ出来る様になるぞぉ、と思ってたのです。
ところが、今日はこの大量のケスメマントゥの作業で、四の五の言ってられずに、
私にも切る作業&広げる作業も振って貰えて、頑張ったんざます。
最初は生地がよれたり、破れたり、上手くいかなかったんだけど、
2度3度目には何とか綺麗に広げられるようになりましたー!!!いえい!
午後から合流した二人のアブラも私の進捗ぶりに目を見張っていたのでしたっ。えっへん!!
「こんなゲリン(嫁)がいるんじゃ、これからは手伝いに来なくて大丈夫みたいね」って
二人のアブラ&アンネに煽てられて、褒めちぎられて、あーふぇりんあーふぇりん!と抱きしめられて、
ふっふっふ、今日の私は鼻が2cmほど高くなっているんでやんす。
高くなってるうちに早くダンナに見せなくっちゃ(笑)。

2005年9月4日(日)
引き続き冬支度(まだまだ続きます)。

引き続き冬支度は続きます。
今朝、カフバルトゥ(朝食)の準備中にアンネが
「ああ、冬が来るって言うのにウチは全然準備が出来ていない、なんて事。
 食料も何もかも全然ないわ。困ったわ困ったわ。」と嘆いていた。
ええ?我が家は何処よりもすごくすごく冬の事考えてると思ったのにって驚愕してしまった。
アンネの中では凄い焦りがあるらしい。
そんなに大変なんかな、ドキドキしてきたがな。

今日は野菜の酢漬けを作った。
冬の大事なビタミン源。

2005年9月3日(土)
二週間ぶりにパザール♪

今日は日本の兄貴の誕生日だぁ。おめでとう!
長女のお誕生もおめでとう!
これで、この1週間に一家のうち4人の誕生日が集中する訳で、
今後、お誕生会は4人分一回で済ますのかな。
子供心的には寂しいなあ。
でも毎回別々にやるのも大変だなあ。うーん、私が悩まなくてもいいんだけどね。(笑)

先週は病の床に臥せっていたのでパザールには来れませんでしたが、

今週は元気に復活。

おお!デカイキャベツ!ラハナ!
今週は旦那の車ナシだったので諦めて、でも来週は必ず買おう!っと。
このデカイラハナでドルマを作ろうね、アンネ。

パザールも冬支度モード。
右の写真はサルチャ用にトマトを粉砕してるところ。
これを持ち帰って10L、20Lって大なべで煮る訳ですね。
我が家のサルチャ作りはどうかなぁ。

2005年9月2日(金)
ヒライちゃん&ベトュちゃん、そしてセナもね。

なんだなんだ、今日はベビーシッティングデイだがや。
左はヒライちゃん&ベトュちゃん姉妹。年子の4歳と3歳。
アンネの妹(ドイツ在住)の孫。つまり旦那の従姉の娘たちか。
この子達もひと時もじっとしていない。あっちへちょろちょろこっちへちょろちょろ。
でも、必ずいたずらをする前に
「これを破いてもいいですか?」「これは食べちゃっていいですか?」「これは隠しちゃっていですか?」
って聞くんだな、この姉妹。もちろん「はゆーる!(ダメ!)」って言うんだけど私。
いたずらも事前承認制なんかい?あんた達のうちは。(笑)
この子のお母さんはドイツ生まれのドイツ育ち。
今はクレシ(幼稚園)の先生をしてる。
もちろんトルコ語もドイツ語も完璧に話せるそうな。
この間来てた甥っ子の嫁はスウェーデン生まれのスウェーデン育ち、
で、スウェーデン語は大学まで出てて完璧だけど、実はトルコ語が若干苦手。
「トルコ語で難しい話されると分からないのコンプレックスなんだ」と言ってた。
もし私に子供が出来たら、日常生活はほぼ100%トルコ語になるから、日本語は難しいだろうなあ。
でもね、二兎を追うものは一兎をも得ずのことわざ通り、全部中途半端になりよりは、
一つ完璧な言語を取得するのは大切だと思うのよねん。もちろん日本語教育もするけどさ。
まずは母国語と呼べる言葉をきちんと習得するべきだ、と思ってる。どうかな。

午後からセナがやって来て一緒に遊んだ。
小学校入学前にいろいろやらせてみようと思って、今日は紙で工作(と呼べるかは疑問だけど)。
綺麗な広告の紙を鋏で切り刻んで遊ばせてみた。
最初は鋏が上手に持てなかったセナだけど、夕方帰るまでにはきちんと鋏を掴んで、
器用に写真も切り取れるようになったなり。
出来なかった事が上手になっていく過程は子供にとっても楽しいらしく、
飽きっぽいセナが何時間も集中して遊んでいた。
広げた敷物の上にはカラフルな雪が降り積もりました。

2005年9月1日(木)
これも又冬支度

防災の日、関係ないけど。日本の弟の誕生日(おめでとう!)、これも関係ないか。

9月になりましたー。
今日は朝6時起床、ってかアンネにたたき起こされて(笑)サロンの家具類のキッリシズ(養生)。
何が始まるのかと言うとサロンの窓を全部サッシに付け替える為に業者の人が早朝からやって来るって事で、
その準備。

冬、通常こっちではソバって言って旧来の薪ストーブを焚く。
まだ都市ガスが開通していないのねん(でも多分いんしゃっら、この3年以内に開通予定)。
私としては、それも又いい経験、ってな感じでちょっと薪ストーブ生活を楽しみにしてたんだけど、
ババが「おっちょにソバの管理を任せるのは余りにも可愛そうだ」と言い出した。
曰く、石炭や薪は重い。
毎日寒い中を燃えかすを捨てに行ったり、新しい薪を運んで来たり、
火の管理だってなまじっかではない。大変なのだ、大変なのだ、と言う。
うーん、私出来ると思うんだけどなぁ。
私はガールスカウト暦10年、ボーイスカウトリーダー暦10年、
大学時代は体育会で山登りのクラブに所属、毎年3000m級の山に何週間も篭ってたし、
仕事を始めてからは、70kgも80kgもあるアンプスピーカーを一人で搬出搬入しなければならない場面もままあって、
力仕事にも慣れてると思うのよ。つーか私ほどソバの管理に向いてる人間いるか?てな気持ちだったのですわ。
でも、ここでは、つーかババや旦那にとっては私はか弱きゲンチクズ(若い女性)の一人でしかないのねん。
おお、自分で書いてて恥ずかしい。
でも本当なんだから、トルコでは「女性である」って事の特権がまだまだフンダンに残ってて、
「男は女を守るもの!」って感覚が健在です。小さな男の子でも真剣にそう考えてる。いい事です。
で、冬に向けてカロリフィル(セントラルヒーティング)システムを入れることに。
そうなると、今までのサロンの一重窓(我が家では他の部屋は全部二重窓だけど、サロンだけは一重だったのです。
 冬はサロン閉じちゃうから)を断熱性の高いサッシに変える必要があるって言って、
今日のこの作業になりました。
来週にカロリフィルの業者が来て、取り付け工事をするそうな。
また来週もきっとアンネに早朝叩き起こされて、再び養生をする事になるんだろうな。
でもアンネ、いくら早くに業者が来るって電話があったってね、6時には来ないから6時には!