Diary2005 @Cappadocia<8月>
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2005年8月31日(水)
セナ、髪を切りました。

小学校の入学を控えて、この間、セナが髪を切りました。
顔立ちがはっきりしてるので男の子みたいな感じになっちゃったけど、
本人もすごく気に入ってる様子。
なにしろ今回はアンネが鋏でちょきちょきやるんじゃなくて、
ちゃんとコアフィル(美容院)に連れて行ってもらったんだもんね。

入学の準備もほぼ整った。
私たちからも何かお祝いを贈りたいんだけど、アブラ曰く「無いものが無い。」と。
うーん、旦那と、とりあえず、今の時期には早いけど、
冬の通学用に上質のスノーブーツを買おうかって相談してます。
入学は9月12日。
入学式みたいなのはあるの?って聞いたら「多分ない」って。
本当に?
私は「制服着せて、皆で写真館に記念写真撮りに行ったりしよーよー」って提案中。

2005年8月30日(火)
冬支度

朝晩の風が冷たさを増して来ました。
ここ2,3日日中も涼しく感じる事が増えました。
徐々に秋の足音が聞こえてきます。

夏の盛りに既にいろいろ冬に向けての準備は始めてましたが、
そろそろ本格的にクシュハズルック(冬支度)をしなければ。
もう冬に作るジャム用のキラズ(サクランボウ)やチレキ(いちご)は凍らして
冷凍庫にいっぱい入ってます。ナーネ(ミント)も乾燥させて後で粉砕します。
庭のアンズもこの間全部もいで種を取って日に当てて乾燥させました。
今日はイエスリファスリエ(さやえんどう)を細く切って、バルコン(バルコニー)で
陰干ししました。一日二日広げて置けばカラカラの乾燥ファスリエの出来上がり。
冬はこれを調理します。
9月に入ったら庭のトマトを全部集めて大なべで煮て自家製サルチャ作りもあります。
テラスのブドウも全部収穫して足で踏んずけて、ブドウジュースとそれから作る
ペなんとか(あ、名前が出てこない健康食品の一種なんだけどなあブドウエキスのやつ)を
作ります。ワインは造りません。(笑)
ババはワインの杜氏さんだった人なんでブドウの扱いはプロだが、
仕事を引退してからは酒類を一切断ってしまったので家でも作らないのねん。
短い秋の後には厳しい冬が待ってるざます。
カッパドキアの冬、ワタクシ初体験なんで、頑張ってリポートしますわー。

2005年8月29日(月)
引き続き上げ膳据え膳

引き続き「上げ膳据え膳」なワタクシ。
アンネやアブラや旦那が入れ替わり立ち代り、こんな風にご飯を持ってきてくれます。

流石に昨日は出血も多くて、ほとんど完全にベッドから出ずに過ごしました。

で、今日、病院に例のカテーテルを抜いて貰いつつ、組織検査の結果を聞きに行きました。
もちろん全くの良性のポリープだったんだけど、旦那は前日からめちゃめちゃ緊張してて、
「もし、もしも、何か悪い結果が出たらどうしよう。もしもって考えると死んでしまいそうだ」とかなんとか
深刻になってた。病人が心配し過ぎたりするのをを周囲が後で笑い話にするってんなら分かるけど
本人は全然心配してないのに、旦那が過剰に心配してて、病人の私が励ましてたがな。(笑)

病院でカテーテルを抜いて貰ったたら、いきなりめちゃめちゃラクになったなり。
あれのせいで「私って病人」って雰囲気になってた気がする。
ああ、普通に座るってなんて快適なんでしょう?
体に何もくっついていないってナンテ素敵なことでしょう?
出血の方もドクトル曰く「想定の範囲内、ノルマル」との事で、
もう一週間くらいは出血するけど、どうと言うことはないそうな。薬も今日で止めてよいと。
まあ、本日を持って一応一件落着かなー。
引き続き皆は「せんはすたすん。おとぅるおとぅる!(アナタ病気なんだから座ってなさい)」と
何にもさせてくれないけど、まあ、徐々にエンジンかけようかな、と。

2005年8月28日(日)
って結局ありついた私たち♪

昨日の日記でイシケンベチョルバスを食べ逃して悔しがっていた私ですが、
実はその後、夜帰宅したアービー&アブラが親戚の家から
タッパーに入れてイシケンベチョルバスを持ち帰ってくれましたー♪
早速、旦那がいそいそと準備してくれました。
ニンニクを潰して、シルケ(酢)を出して、プルビベル(唐辛子)と塩を…
ここのところすっかり「上げ膳据え膳」に慣れてしまったワタクシ。へっへっへ。
いっただきまーす!
うーん、コレコレ!って味でした。
作ってくれたメーラーアブラと持ち帰ってくれたアービー夫婦に感謝感謝の夜中の食卓でした。

2005年8月27日(土)
イシケンベチョルバスを食べ損ねた…。

イシケンベチョルバス(牛の内臓スープ)は私たちの大好物。
あの臭みが溜まりません。
福岡の夜、たーんと飲んだ後には、何故かコッテリとんこつラーメンが食べたくなるでしょ?
いい感じにコバラが空いたら最高の夜中のご馳走。
ここトルコでは流石に「とんこつ」は有り得ない、が、これがある!
だいたいどこの町でも夜中までやってるイシケンベチョルバスの店があって、
シメの一杯が食べられるんだけど、なぜかユルギュプにはない。
いや、正確にはあるんだけど、どうも、なんか、入りたくない感じのお店で。
他に日替わりでスープを出す清潔な感じのロカンタ(食堂)もあるんだけど、
いかんせん日替わりでわざわざ外メシの日と、イシケンベの日が合わないといけない。
そんなこんなでイシケンベに飢えていた私達を見かねて、
ネブシェヒルの親戚が「イシケンベチョルバス作るからご飯食べにおいでー」とご招待をくれた。

が、日が悪い。
昨日の今日なワタクシ。
食欲はあるが、導尿カテーテルをぶら下げて、よそ様のテーブルにお邪魔出来ない。
皆でいろいろ、ポシェット(まあ尿袋っす)を腿の所にくくりつけてスカート穿けば分からないよ、
とか考えたんだけど、だんだんそこまでしてお出かけしなくてもいいかな、と言う気になってきて、
やっぱパスします、って事に。
旦那もじゃあ僕もってことで居残り。
アービー一家だけで出掛けることになりました。
あちらは私と旦那の為にイシケンベを作ってくれていたので、恐縮しちゃうんだけど、
仕方ない。諦めました。
って諦めたんだけど、心のどこかで残念無念。悔やんでいる。
ああやっぱイシケンベチョルバス食べたかったかも。

2005年8月26日(金)
病院巡り

昨日から絶不調で横になっていた。
だるくてシンドイ。昨晩も沢山のミサーフィルを迎えてアンネはテンテコマイしていたけど、
顔を見せに行く気力もなし。心配して覗きに来たアンネも驚いて、とにかく寝てなさいと、ベッドへ寝かされた。

そして今朝起きたら、血尿がっ。
慌てて、旦那に病院に連れて行って貰った。ユルギュップの小さな病院では信頼できんと言う旦那に、
とりあえず、ネブシェヒルと言う大きめの街の個人病院へ。プライベートホスピタルだけあって、清潔で対応もいい。
すぐに診察して貰えた。

どうやら簡単に言うと尿道ポリープみたいな事らしい。古いものが、ここに来て急に炎症を起こしたものらしい。
「最近、排尿困難とかありませんでしたか?痛みは?」と聞かれたが、
うーん、ちょっとトイレが近かった気がするけど、他には別に…、と言うと。医者に「信じられない」って顔されちゃったなり。

簡単なポリープで見えるところにあるし、すぐ手術して取ってしまいましょう、と言われて旦那が躊躇した。
「手術」と言われて焦ったらしい。トルコの医者は概してレベルが高い。私はスゴク信用している。
ただ、いかんせん病院のレベルは低い。旦那もそこら辺を心配したらしい。
もし「手術」って言うなら日本まで行った方がいいのではないか?と。
でも、5分10分のイボをチョイと切るみたいな手術の為に12時間飛行機に乗るのは余りにも億劫だ。
で、同行してくれたアブラが「だったらデブレットホスピタル(公共の病院)の医者の意見も聞いてみましょう」と。

公共病院はめちゃめちゃ安い、ほとんどタダみたいな病院だ。だもんでいつも病人でゴッタ返している。
そう言う病院だから医者は物凄い数の患者を診てて、経験値は日本の比じゃない。
とにかく優秀な医者が沢山いる。皆信用している。
で、大混雑な病院で順番を待って、医師と面談。状況を伝えて診察を受けると、
やっぱり簡単な手術が必要だと、でもこの病院では専用の器具が揃わないので、
カイセリの大きな病院に行った方がいいと言われた。

一度家に帰って家族会議。
旦那はこうなったら日本か、アンカラかイスタンブルの病院へ連れて行く、と言う。
アービーは結構有名な医者に知り合いが多いので、アービー経由で紹介状を書いて貰おう、と言う。
私はもうこうなったら何処でもいいや、って気持ちだったんだけど、飛行機は嫌だなあ、と思ってました。
アブラとアービーが、とりあえず、検査だけでもカイセリの大きな個人病院で受けて、

結果を聞いてから決めてもいいんじゃないか、と言ってくれて、
午後から旦那の車でヌルテンアブラ次姉アブラに同行してもらってカイセリの大きな病院へ。
ここの医者も対応が丁寧で、なかなか優秀そうないい医者だった。
途中で部長先生みたいな高齢のベテラン医師も合流して、
「とっても小さなポリープで5分で切れてしまうし、組織検査に出すにしても同じ様に切る訳だから、いっそ今切ってしまった方がいいですよ」と旦那を説得してくれて、そのまま簡単な手術の決行に。

局部麻酔で実際10分もかからず終了。術後いきなり立ち上がった時には流石に脳貧血を起こして倒れかけたが、すぐに寝かされて点滴を打たれて回復。考えてみたら昨日から食欲なくて何にも食べてなかったのだ。脳貧血は当然でありました。
家に戻ると、予想通り親戚一同勢ぞろいで心配して待っててくれた。
ひー。大騒ぎになっちゃったーと焦ったけど、ヤパジャクビシャイヨク(仕方ない)
医者は導尿カテーテルは二日ほど必要だけど、歩いてもシャワーを浴びてもなんらも問題なく。抗生物質と痛い時は痛み止めを飲みなさいね、って言う程度の病状。だけど、家族は心配で、車からベッドまでも歩かせてくれないし、食事もベッドまでアンネが運んで来てくれる。とにかくただ今ICU並みな看護体制でただただ横になっております。
日記用に病院内部の写真を撮って来ようと思ってカメラは持って行ったんだけど、流石に撮影する余裕がありませんでした。よって本日は写真なし。一日で三つも病院巡って歩いて、いろいろ勉強になったなあ。
病院話も又河童考で書こうっと。

2005年8月25日(木)
アイダニュルちゃん

尊敬するNイエンゲの孫「アイダニュル(月の光)」ちゃん。
この子が生まれたのは、私が結婚の為にトルコに来る2週間前のこと。
右は生後一ヶ月くらいに我が家に来た時の写真。
左はこの間Nイエンゲ宅にお夕食に招かれて行った時のもの。
すっかり大きくなりました。
「おいなおいな!(踊って踊って!)」って言うと自分で手を叩いて踊りだす。
お祖父ちゃんがめちゃめちゃ可愛がってるので初めてしゃべった言葉が「デデ(おじいちゃん)」
今は誰でも、男の人を見ると「でで!」って言う。
ここん家も大家族なんで、この子は年上の従姉が2人実姉が一人いるので、
女の人を見ると「あぶっ!(おねえちゃん!)」と言う。
この間、我が家にやって来て、
「ででー!」と言いながら旦那に向かって駆け寄ってきた。
複雑な心境で、でも彼女が駆け寄って来たのが嬉して、上機嫌で抱き上げた旦那。
抱き上げられたアイダニュルちゃん私を指さして「あぶ!」とニコニコ。
旦那は憤慨して「僕がお祖父ちゃんで、なんでおっちょがお姉ちゃんなんだ!」
「アイダニュル!本当は僕の事嫌いなんだろう?」と詰め寄っていた、
当のアイダニュルは旦那に構われて嬉しいのかニコニコするばかりなのでした。

2005年8月24日(水)
ばばー!いむだぁーっと!!

この間のお掃除の時にカーテンをちょっと(?)乱暴に開け閉めしてしまって、
まあ、もともと古くなってきてたんだけど(!)天井に設置してあるカーテンレールが
撓んでしまった。あっらはっらぁー。(私のせい?もしかして?)

で、カフバルトゥ(朝食)の後に「ばーば、びばく。いむだっと(ババ、ちょっと見て。助けて欲しいの)」と
見て貰いました。
「もともと、天井の漆喰が弱くなってたんだよ。心配するな」とババ。
早速、直してくれる事に。
カーテンレールを一度外して、天井の螺子穴を一度全部漆喰で埋めて固め直し、
改めて螺子穴を作って、もう一度レールを設置し直してくれた。
ババは家の事は何でもやる。
ちょっとした電気工事も、大掛かりな下水修理も、TVのアンテナをこっちの部屋のをあっちの部屋まで移したり、
電話線だって切ったり繋げたり、水道の蛇口の新規付け替えも自分で。
私にしたら「ええ?どっかから人呼ばなくていいのぉ?」って言う様な事全部自分でやっちゃう。
家ん中は100%把握してる人。頼りになる。
料理包丁が切れなくなっても私はババを呼ぶ。
ライターの火が点きにくくなっててもババを呼ぶ。
扉の開け閉めに嫌な音がする時もババを呼ぶ。
暑くても、寒くてもババを呼ぶ。
だって、暑かったら、窓を扉ごと外して、ネットを設置して開けっ放しに出来る様にしてくれるし、
寒かったらソバ(撒きストーブ)を炊いてくれるし、
とにかく困った時に何でもやってくれるババ。
スーパーマンです。

2005年8月23日(火)
従姉来土。

従姉が日本から遊びに来ました。
イスタンブルでF1を観戦しつつ、カッパドキアにも足を伸ばして。
従姉は私の結婚式にも来てくれて、その際にトルコに夢中になってしまったなり。
日本に帰ってからも例の「旅の指差し会話帳」でトルコ語独学。
旦那様にどうしてもトルコを見せたいと言って今度は夫婦でやって来てくれました。
我が家の皆も大喜び。
連日のミサーフィル攻勢も山場を迎えていますが、
それでも遠方からのお客様は格別に嬉しいものだす。
従姉はアンネからスカーフの巻き方を教わって、私も驚いたけど余りにも似合っているので、
しばらくそのまま巻いてました。
お夕飯は最初、マントゥ(トルコ風水餃子)とヤプラックのドルマ(葡萄の葉のドルマ)をやろうって言ってたんだけど、
うううむ、バーベキューもいいぞぉ、と皆で思案しつつ、結局、マントゥ少々に
シシケバブも焼いて、パトルジャンサラタス(焼きナスのサラダ)も作ろうって事に。
折衷案的にね。
夜はセマーの見物に出掛けるとかで、早々にお別れになってしまったんだけど、
夜、チャイを飲みに来た長姉アブラが会い損ねてめちゃめちゃ残念がってたなり。

私はナント恵まれた事にいとこが55人もいる。
しかも皆、割りに頻繁に行き来しててアンラハラーゾースン仲も良い。
毎年、皆が順番に伴侶を連れて訪ねてくれたら55年かかるなあ。
そんな事考えてたら楽しくなってきました。

2005年8月22日(月)
コーヒー占い

コーヒー占い。
トルココーヒーを飲むと、必ずやるのがこれ。
コーヒーの粉ごと煮出したコーヒーはドロっとしてて、甘くて、不思議な味わい。
沈殿した粉をギリギリ残して飲み終わったら、受け皿でカップに蓋をして
3回ほどぐるぐると振り回して、えいやっとひっくり返す。
しばらく置いてから「見れる人」に開けて見て貰う。
我がアクラバ(親戚)では次姉アブラが「見れる」人。
ミサーフィルでいらした方や、遠方からやって来たアクラバなどはアブラを見つけると
「見て!見て!」って皆やってもらいたがる。
どうやらアブラの占いは結構当たることで有名らしい。
今日は姪っ子メルベが見てもらった。
大学受験、うまくいくかな?ドキドキ。

私は去年、一回見てもらった時に三つのキーワードを言われて、
一ヵ月後にそのキーワードが三つともピタリと一致した瞬間があって、鳥肌がたった。
ことの内容はたいしたこと無かったんだけど、それでも「当たった!」って驚きの方が大きくて、
内容はどうでも良くなっちゃった。
まあ、お遊びの一種ですが皆この占いが大好き。

2005年8月21日(日)
テラスでバーベキュー♪

今日のミサーフィルはアービーの奥さんヌルテンアブラの妹さん一家。
私にとっては、旦那のお兄さんの奥さんの妹さんとその旦那さん&お子さん。
遠い関係のようだけど私にとってアブラ(義姉)なのねん。
更に次姉アブラ一家、長姉アブラ一家も加えて総勢17名でバーベキュー!
2kgのエトゥ(牛肉)と2kgのタブック(鶏肉)を買って来て、あと特別なピデ生地のパンもフルン(竈屋さん)で焼いて貰って、
男性陣は火の番&焼肉係り、女性陣はパトルジャンサラタス(焼きナスのサラダ)係り、と分担して、
皆でワイワイやりながら食べました。
子供たちはコドモメシテーブルを特別にこさえて貰って、コレマタ大騒ぎ。
お目付け役を仰せつかったメルベ(高校2年生)はテンテコマイで可愛そうだったけど。
お客様は楽しんでくれたみたいで良かったな。
夜はまたしても遅くまでチャイを飲みつつ、サッカーの試合やその結果のスポーツニュースなどを観ました。
アービー一家はダラタサライファン。お客様のアブラ一家は私と一緒のフェネルバフチェファン。
って事でTVの前で二手に分かれてニュースを観ました(笑)。
この線よりこっちに来るな!みたいな子供の様な戯言をしつつ、でも結構内心本気なんだよねー。

2005年8月20日(土)
蚊帳?ハエ除けだけど。

カッパドキアは湿度も低くて、室内は快適なのぉ、等とイバってられない位暑くなってきました。
そよふく風も熱いがな。
陽射しの強い日中は、そりゃあ家ん中が一番快適だけど、
陽が落ちてから外はいきなりセリン(涼しく)なるのに、逆に家ん中はまだ空気が煮えてる。
いつもはネットを張った窓だけ開けて対応してたんだけど、やっぱドアも全開にしたい!って事で、
ハエ除けに玄関ドアにレースのカーテンを吊って、ドアも全開に出来るようにしました。
夜、ハエが家ん中に入ってくると、めちゃめちゃラハットスズ(心地悪い)。
なんでハエって人の顔めがけて飛んでくるのかな?ムカツクー。
ま、何はともあれ、レースのカーテン越しのお外の景色も心なしか涼んで見えるのでした。

2005年8月19日(金)
美容院に行って来ました。

今日はコアフィル(美容院)へ行って髪を切ってきましたー!
トルコではイスタンブールも含めて4つの美容院に行ったけど、今の所ここが一番のお気に入り。
トルコの美容院を日本と比べちゃ
(って言うか、私は5年以上青山のBトリアムのK氏に髪は任せっきりで、
同じ人にそれだけ長く切って貰ってたら、日本の他の美容院へ行ったって満足する訳はないので)
悪いんだけど、やっぱ田舎の美容院には違いない。

それでも、ここは及第点。
何がいいって、働いてる小僧君達始め、美容師さんが(ちゃんと)きびきび働いている。
チャイ飲みつつ、正体不明のオアニイさんがやって来て
「日本人?僕も日本人の彼女が欲しーんだけど、どーしたらいーい?」
みたいな事を言ってくる訳の分からない人がいない。
経営者のセルカンさんは腕もなかなか良いし、お愛想は言うけど、おしゃべり過ぎるって感じじゃないしね。
髪はかなり短く切って、夏仕様。気持ちいい。
料金はボヤ(ヘアカラー)とカットで30ミリオン(3千円弱)。安っ。
隣ではアンネ(お母さん)とテーゼ(叔母さん)に連れてこられた坊やがカット中。
美容師さんと三人がかりであやしながら切ってて微笑ましかったので写真を撮らせて貰ったなり。

夜になって甥っ子H君がダユ(叔父さん←旦那の事ね)と茶飲み話にやって来た。
この子は「河童考」でも触れたアービーの末息子。
土日もなく毎日11時頃まで働いているチャルシュカン(働きもの)。

突然亡くなってしまった父親の会社をいきなり全部引き継いでの若社長なのだ。
察するところ、人には言えない苦労の真っ最中なり。
いいよ、いいよ、H君。今日はダユ貸してあげる。
存分に語らいなさいな。

2005年8月18日(木)
掃除は思いつきで。

我が家のムトファック。
カフバルトゥ(朝食)の片付けの最中に、フと足元のタイルの目地に目を奪われた。
んんん?何か色が濁ってる気がする。
んんんん…。
一度気になりだすと目が離せない。
ええい、ままよ!どうせ気になったら止まらないんだから、とムトファック中のテーブルや椅子や、絨毯や
その他全部一度外で運び出す。
「超強力ドメストスforムトファック(仮名)」を取り出すと、タイルの目地に全部こいこいこいっと垂らしていく。
私がガタガタやり出したので、アンネが覗きに来た。
「あーふぇりんクズム!お掃除中なのね!」ってニコニコしてる。
例えばね、ここで私の日本の母あたりだったら
「何やってんのアナタ!掃除は上からやっていくものでしょ。床は最後にやるものでしょ」
って言っちゃうと思う。そうすっと私は
「分かってるんだってば、そんな事、煩いなあ。床が気になったんだからしょうがないじゃん。」
私は短気なんで「じゃあ、もうやんない!」とかなんとかへそ曲げちゃってたかも。
(母よ!悪口じゃないからね、例としてって事で)
アンネは私のやり方(つーか気の向き方)を尊重してくれる。
「おっちょったら床が気になっちゃったのね、他には気が廻らないほど」って思ってるんだと思う。。

主婦歴50年のアンネに家事では何も叶うわけないんだけど、
それでも、たまに「ねえ、アンネ、こうやったら、もっと良いって事ない?」とか言うと
「おっちょは頭いいねえ、ホント若い人と暮らしてるといい知恵がついて助かるよ」って言ってくれる。
でも、結局、やっぱりアンネのやり方の方が最終的な段階で合理的でしたって事になって、
私もアンネ流に変更したりして。
そんな事が何度有っても、やっぱ私の提案を一度は受け入れてやってみる意欲的な人。
で、人のやり方には口を出さない。
失敗して困った事になりそうになると、ちょいと手伝ってくれる。
だけど、それまではノンビリ待っててくれる。
始めのころ、玉ねぎを手のひらで刻むのがなかなか上手く出来なくて、
そりゃあ、タフタ(まな板)使って日本でやってたみたいにやれば、ちゃちゃっと出来るけど、
どうしても手のひらでアンネみたいに刻んでみたくて、たどたどしい手つきでチャレンジしてた。
アンネがやれば1分で刻めちゃう玉ねぎを私が5分も10分もかけて刻むのを、
アンネは余計な手出しも口出しもせずに待っててくれた。
夕飯の支度で普通だったら一番急かしい主婦の正念場だけど、おっちょがやりたいんなら仕方ないわねえって感じ。
お陰で今では、まな板使わずに玉ねぎのみじん切りが出来る様になったなり。
一事が万事そんな感じ。
私も日本でいろんな上司に仕えたけど、アンネってそう言う意味でも理想の上司像な気がする。

で、ムトファックを無事元の状態に戻して、
ついでにドメストス付きのベズ(布切れ)が勿体ないからトイレからお風呂まで全部拭き掃除をしました。
仕上げにお部屋の匂い薬をそこら中に撒いて、いい匂い。
早く旦那、帰って来ないかなああ。

2005年8月17日(水)
特製チーズ

我が家のチーズ、その1。
これは、ウルファ産のチーズを買って来て、一度バラバラにほぐして、
塩加減を調整して、黒ゴマなんか入れて、今度は素焼きの壺にぎゅー!ぎゅー!っと力一杯押し込んでいきます。
そんでもって、1,2ヶ月土の下に埋めて熟成させます。
私は買ってきたまんまのチーズもプレーンで好き。
でもアンネは、こうして更に熟成させた濃厚な方が好きみたい。
カフバルトゥ(朝食)でエキメキ(パン)に挟んで食べます。
塩気が利いてて、熟成も進んでいるので口の中でサラリと溶け、
それでいてチーズ独特の香りが強く個性的な味です。

お好みで、刻んだマイドノス(イタリアンパセリ)を混ぜてマサス(食卓)で出したりもします。
ペイネルピデ(チーズピデ)を焼いて貰う時も、このチーズが我が家のメイン。
こだわりのチーズです。

2005年8月16日(火)
こちらも暑いです。

試しに、温度表示のある時計を五分ほど、玄関の外に置いてみました。
外気温は45度との表示。やっぱ暑い。
でも、家ん中や日陰では、そんな暑苦しいって事はない。
私はTシャツの下に薄いキャミを着ている。
だって、家ん中はひんやりしてて、お腹冷やしそうだから。
もちろんクーラーなんてない。

午後になって斜向かいのアイテンアブラとその長女がお茶しに来た。
ビョレッキ(チーズパイ)とチョコレートケーキを一緒に食べた。
ここん家の長女は今大学一年が終わった所。
去年の大学合格発表の時は近所をあげて、大騒ぎをしたものです。
合格者の名前は大学現地かインターネットで発表される。
当日、彼女の家のPCが不具合を起こしていて、インターネットが開けなかった。
私のPCだって当時は電話回線アクセスで、めっちゃ遅くて大変だったんだけど、
私は彼女の為に頑張ってそのサイトにアクセスし続けたのだ。
で、繋がったらすぐ彼女を呼べるように、アンネは我が家と彼女の家の中間地点で待機。
当日は発表を待つ全国の受験生が一斉にアクセスするために、
当然回線はパンク中。私もイライラドキドキしながら何度もチャレンジしたものです。

もどかしい思いでトライし続けた後、やっと、開けそうな兆しがっ!
アンネェー!彼女を呼んで来てぇ~!!!って叫んだら、
窓の向こうでも、アンネが何やら叫びながら
我が家の方へ一生懸命腕をフリフリ、テトテトテトと走ってくる。
違う違う、呼んで来てって言ってるのー!と再び叫ぶと、
アンネの「おっちょぉー!受かったよ!受かったよぉ!」って声。
どうやら、彼女の友人が私より少し早くアクセスに成功して、合格が確認出来たところだったらしい。
アンネが叫びながら我が家まで走って来たお陰で、彼女の大学合格はスグサマ近所中の知るところとなり、
お祝いの電話や訪問が殺到したそうな。

2005年8月15日(月)
今夜も皆でごはーんっ。

今日は長姉アブラ宅でご飯。
今日は兄弟4人&その連れ合い存命は全員集合。
2羽丸ごとオーブンで焼いた鶏も無事、全員のお腹の中へ。
はぁー、今日もお腹いっぱい食べてしまった。

お腹がくちた後は、夜が更けるまで皆でおしゃべり。
やっぱり去年亡くなったアービーの思い出話になった。
それでも今夜はアービーのズッコケ話や昔アブラとアービーが大喧嘩した時のコミカルな話なんかで、
皆でお腹抱えて笑い転げた。

ワイワイやってる最中でも、ホストである、ここんちの次女は。
目立たない様に席を立って、ちゃちゃっとチャイグラスを洗ったり、
次に出すメイヴェ(果物)を準備したりする。
トルコで我侭放題な少女達がいったい、どう言う経緯をもって、
出来たゲンチクズ(若い女の子)に成長するのか謎だ。

「ゲンチクズ」って括りの中に入った途端に、気が利く働き者の女の子になってしまう。

彼女は既に婚約者も居て、本当はこの夏結婚するはずだったんだけど、
去年、長女の結婚の直後に父親を亡くしたばかりなので、
まだ母親の近くに居てあげたいのだと言って、結婚を一年先送りにした。
来年はカッパドキアで一番素敵な花嫁になるんだろうな。

2005年8月14日(日)
そぞろ歩き

お夕飯前や食べた後なんかに、よく家族でそぞろ歩くのはトルコのよき習慣。
歩いてると、いろんなご近所さんが家族で歩いてるのに遭遇する。
「いいあくしゃむらーる(こんばんは!)何してんの?」
「いいあくしゃむらーる!歩いてんの、あなた達は?」
「うん、私達も歩いてんの」
みたいな意味があるんだかないんだかな会話をあちこちで交わす。

私もアンネとよくそぞろ歩くけど、旦那はいつも「積極的不参加」な人。
でも、今日は珍しく旦那が言い出しっぺで散歩に出る事に。
お夕飯を一緒に食べたアービー一家やアブララル一家とブラブラと歩き出した。
家から5分ほど上の方に歩いたら、いきなりいい景色が広がっていて驚いた。
ユルギュップの全景が見渡せる。
あっれえ?!こんなに近くにこんないい景色のところがあったんだー!と興奮しました。
しばし、景色を眺めながらヒマワリの種をみんなでボリボリ齧ってきました。
ユルギュップ中に殻を撒き散らした気分です。すんません。

2005年8月13日(土)
うぷぷ旦那とデート♪&今日の収穫

今日はアービー一家とアンネ&ババが昔のコムシュ(ご近所さん)が
カイセリに家を建てたとかで、新築祝いにヘディエ(プレゼント)の絨毯を持って出掛けていった。
私も誘われたんだけど、去年一回会っただけの家族なんで今回はパス。

夕飯は旦那と二人だし、何食べたい?って聞いたら、
じゃあ、久しぶりに外で食べようっか、って事になったなり。わーい。
外で食べるとなると私は必ずお魚。
で、旦那の友達がサービスマネージャーをしてるチャルシャ(中心街)のレストランへ。
通りすがりに「後で行くねー」って声掛けただけなのに、
夕方行ったら、テラスの一等席に旦那の名前でリザベーションの札が載ってた。
何時に来るか分からないのに、つーか本当に来るか分からないのにずっとキープしてくれてたなんて感激だよん。
お料理はハーリカ(スンバらしい)。ぜーんぶ美味しかった。
ここの所、毎晩お客様と一緒にお祭り騒ぎの様でわっしわっしと沢山食べてて、
今日もこの通りだし、ちと、つーか、かなりヤバイかも。

なので、その後はスーパーへ買出しに行って、
ミネラルウォーターやペチェテ(紙ナプキン)や角砂糖なんかの日常雑貨と一緒に
ドーアチャイ(mixハーブティ)なんかも買って来た。

痩せるって書いてあるけど、それはウソ。

結局カロリーを取ってたら、何をやったって痩せる訳ないの。
そんなこたぁ、その道のプロばっかの会社で働いてたんだから十二分に知ってるけど、
人間はさ、「気休め」ってのも大切なのよ、うんうん、とスーパーの中で一人でつぶやく私。
旦那に気持ち悪がられたわ。びしぇいよく、放って置いて。
今日はフェネルバフチェのマッチ(試合)の日、旦那の貴重な単独夜間外出日なので、
一人ドーアチャイ飲みながら存分にネットサーフしちゃうんだわ。

2005年8月12日(金)
ミサーフィルゲルディン part2

今日はこの間お茶しに行った、従兄アービーが来週ドイツに帰国するって聞いたので、お夕食にご招待しましたー。
今日のメニューは
メジメッキチョルバス(レンズ豆のスープ)
ペラウ(トルコ風ワンタン?)
ビベルドルマス(ピーマンのドルマ)
チョバンサラタズ(羊飼いのサラダ)
私のリクエストにより再びストラチ(ライスプディング)
って感じで。

昼から皆でペラウ作り。
作り方は基本的にマントゥと一緒で、少し大きめに生地を切って、
二つ折りにして一箇所をギュと閉じます。
それらを乾かしておいて、食べる直前に茹でて、熱々にチーズを絡めて、
ひき肉入りトマトスープ(やや辛め)をかけてお出しします。
食感はマジでワンタンみたい。これも又チーズの香りと相まって美味しいです。

作業の合間にテラスで皆でヒマワリの種を食べつつ休憩。
かりかりかり、かりかりかり。
あっと言う間にテーブルの上には殻の山が築かれるのでした。

朝、折角、ババがテラスも掃除したのに、又床が殻だらけ。
ってまあ、いっか。又皆で掃除すりゃあいいんだわ。

2005年8月11日(木)
再びカンディン

本日もカンディンと言ってプチラマザン。
今度はアンネとアービーがオルチトットゥン(断食をやった)。

みんな(アービー一家&アブラ一家も合流して)で
クイマルマントゥ(トルコ風水餃子)を作って夕飯に皆で食べた。
夕飯の後、男どもはジャーミーへ。
戻って来てから、皆でテラスでチャイを飲んだ。

アービー一家が来てくれて、
私は再び「キュチュクゲリン(小さい方の嫁)」に戻れてホッとしたなあ。
アービーの奥さんのヌルテンアブラは私の小学校時代の担任にそっくり。
いつも頭の中が整理整頓されてて、ニコニコしてるんだけど、パキパキもしてる。
先生には可愛がってもらっていたので、アブラにも最初に会った時から妙に親しみを感じてた。
実際、アブラは小学校の先生だ。今は一年生の担任。
姪っ子セナ(この秋から小学校)の扱いも一番上手い。先生の視点だからだろなあ。

2005年8月10日(水)
受験地獄

トルコの受験生はすっごく大変。
日本のその昔の受験地獄どころじゃない。
だんだんトルコも「大学出」じゃなきゃいい会社に入れませんよ!的な雰囲気になってきてる。
で、親の経済状態も安定して来て、金銭的ハードルが低くなって来てるので、
受験生の数は鰻上り。
ホントそこら辺、30年前の日本みたい。
そうなっても今、大学が足りない。子供は沢山いるのに学校が少ない。

姪っ子のメルベは今、高校2年生を終えたところ。
一年後の共通一次試験(昔日本もありましたよね)に向けて既にチャージをかけてます。
この子は、高校受験でも頑張ったので、私立のいい高校へ行ってて、
ちょっと他の受験生よりはアドバンテージがあるらしいけど、
それでも、そんなアドバンテージは焼け石に水なんだと。

なにしろ、物凄い数の受験生が、この共通一次を受けて、
希望の大学に進めるのは2%程度なんですと。

アービー一家は休暇で来てるんだけど、メルベはずっと机に向かいっぱなし。
「おっちょアブラも大学出てるんだよね。」ってメルベに聞かれて、
「でも、数学は私に聞かないで!サインコサインで挫折してから、数学は心の傷なんだから」って言ったら
「聞かないよお」と笑われた。そうよね、何ビビってんの私。

2005年8月9日(火)
ハイワンハスタ(生き物中毒)

姪っ子セナが仔犬を拾ってきた。
脚も大きくて、大きくなりそうな立派な仔犬。
飼いたいけどうちじゃ今は無理。なんの病気があるかも分からないしさー。
どこから持って来たの?と尋ねたらアンネス(この子のお母さん)から、と。
母犬、セナがこの子を抱えていくのを見送ってたそうな。そんな事あるか?
この子もセナにいきなりなついて、傍にセナがいないとミルクも飲まない。
結局、ババがバイクで母犬の所まで仔犬を返しに行って来た。
セナ号泣。慰めるのに一日がかり。

セナは昔からハイワンハスタ(生き物中毒)。
虫でも動物でも見境無く手を出す。
ただ、不思議なのは、どの生き物もセナには一切攻撃しない。
セナは蜂に刺された事がない。ヤバンジュ(よそ者の)蜂にも容赦なく手を出すので、
こっちがビビるんだけど、ヤバンジュアール(よそ者の蜂←かなり攻撃的なやつ)もセナは刺さない。
前にピクニックの時に、すぐ咬むので皆恐れている蟻がいるんだけど、
その蟻を一人で体中に這わせて遊んでいた。それを見た大人連中が慌ててセナから蟻を振り落とそうとすると、
大人は咬まれる(すっごく痛い!)んだけどセナの事は全然咬まない。
本当に不思議な子なのだ。
だからと言ってちゃんと世話が出来るわけじゃない。
ちゃんと世話が出来なきゃ、いくら可愛がっても死んでしまうんだよって、
もう少ししたらちゃんと理解出来るようになるだろうけど、今はただ
ハイワンハスタ、と呼ばれるだけさ。

2005年8月8日(月)
小泉首相、衆議院解散だって?

今日はアービー一家と一緒に、ドイツ在住で、夏だけやって来る従兄アービーの家にお茶しに行って来た。
広ーいサロンにデッカイテレビがあって、
「おっちょ!おっちょ!日本のTVも観れるからね」ってNHKにチャンネルを合わせてくれた。
ちょうど、衆議院解散のニュースで小泉首相が会見を開くところだったんだけど、
皆、日本のTVで何しゃべってるか今か今かと私の通訳を待っている。
ひー!
衆議院解散をトルコ語で説明なんて、まだ私には無理っすー!
冷や汗掻いっちゃったよん。
なんか適当に言っちゃったけど、皆分かってくれたのかなぁ?
多分、本当に内容が知りたいわけじゃないと思うんで、まあいっか。

ここんちのハジアムジャ(従兄アービーのお父さん)が又とぼけた人で飄々としてて最高。
今年はまだ来てないんだけど、早くこないかなあ。
アンネのお姉さんの旦那さんって事になるんだけど、
うちのババの親友みたいな感じ。大工仕事好きなところが気が合うみたい。
ハジアムジャが居ると場が和む。気が緩む。
で、いつもヘンテコな物をドイツで見つけて来てお土産にくれる。
何か役に立つんだか立たないんだか分からないけど、ババはいつも大喜び。
去年は高い所にある花にも霧状の水が撒けるアルミのホース。
見た目はハイテクだけど、セッティングに30分くらいかかるし、
そんなに高い所に咲いてて霧吹きで水をかける必要のありそうな花は一鉢か二鉢。
でもババは毎度律儀にセッティングして水撒きしてる。マジで気に入ってるみたい。

アムジャ、ドイツの「アイディアの王様」みたいな店に行ってるんじゃないかな、多分。
今年は何を運んで来てくれるかなあ。

2005年8月7日(日)
アービー(義兄)一家がやって来たっ。

甥っ子一家が休暇を終えて、スウェーデンに帰国して、
入れ替わるように今度はアービー(義兄)一家が地元から7時間も車を運転してやって来た。
姪っ子&甥っ子も一年ぶりに会ったらめちゃめちゃデカくなってて驚いた。
十代の子ってそう言うものですよねえ。

取り合えず、カバーアチチェキ(瓜の花のドルマ)とサラダを作って皆で食べた。
瓜の花を摘んで来て、中にブルグルとナーネとサルチャを混ぜたものを入れて、
凍らせて取っておいたものを、ただ少量の水で茹でて、ヨーウルトソスをかけただけ。
でも花びらが柔らかくて美味しいのねん。
付け合せはチョバンサラタス。
この取り合わせはアンネの中でも今年はインなメニューのひとつなり。
でも、作ってくれたアンネはラマザン中でお給仕するだけ。

アービー達とも、早速ピクニックの相談。
いついく?

2005年8月6日(土)
今日はプチラマザン。

パザールに行ったら、今週からチレッキ(イチゴ)が登場!!
香りが余りにいいので、思わずクンクンしてしまった。
写真を撮っていたらアンネが「食べたいの?買う?」って聞くので、
「1kgで2ミリオン(約150円)もするよー。高い高い。安くなってから買おう」と言ったんだけど、
初物のイチゴが1キロで150円って日本だったら感涙しちゃうと思うわあ。

今日は今年のラマザンからきっかり60日前。
朝起きたら、アンネが「おっちょ今朝は私は食べないからね」と言うので、
「なんで?」って聞いたら「ラマザンが始まったの」と。
すわ!マジ?と思って焦ったらアンネがカレンダーを持ってきて説明してくれた。
今日から三日間プチラマザンなのだと。
同じ様な日があと8月11日と31日にもある。
私は1ヶ月の方のラマザンを今年はやろうと思ってたけど、
このプチラマザンは心の準備がまだ整って無かったわあ、って事でパス。

我が家ではあアンネだけやってる。なのでアクシャムイエメーイ(夕食)はアンネの好物を作ろうって事で、
ケスメチョルバス(ハムルチョルバスとも言う)とポタテス(じゃがいも)の煮物
あと、マル(レタス)たっぷりのチョバンサラタスを作りました。
で、皆で(アンネと一緒に食べるために)今か今かとエザーンを待って
(今日はなんとここら辺は7:56pmにエザーンです、日が長いと大変!
 私は何度もカレンダーと時計をチェックしたのでした)
エザーンと共にイタダキマスをしました。

2005年8月5日(金)
我が家のアール(ミツバチ)

我が家の庭にミツバチが居る。
朝食の時に食べる蜂蜜はこの子達が集めてくれる。
テラスのお花たちから集めた蜜をその花を眺めながら食べるのねん。

左の写真は去年、新しい女王蜂が誕生して、巣箱を分けてるところ。
この時、庭から旦那とアンネが「おっちょぉー!見てみろぉー!」と叫ぶので、
上のフロアから庭に出ようとすると「出てくるな!窓から見ろ!」って
何事かっ?っと思って慌てて窓辺から庭を見ると、外が真っ暗。
蜂の大群が庭の上空を埋め尽くしてた。ひえー。
その後、庭のリンゴの木の枝に鈴なりに群がったので、ババがその蜂の塊になった枝から
巣箱に移して、見事ニューファミリーの巣分け完了。
その頃になったら「もう外に出てもいいよー」って言われて
ターミネーターみたいな格好のババを写真に撮りました。
ババはいくら蜂に刺されても全然なんともないんですって。
私は刺されたら、1週間は腫れがひかないなあ。
でも、家のアール(蜂)達に刺された事はない。
うちのアールはお行儀がいいんざんす。っふ。

2005年8月4日(木)
フェネルバフチェベニーム♪

フェネルバフチェベニィム!
って事で私達夫婦はフェネルファン。
お家のあっちこっちにフェネルグッズが飾ってあって、アンネにはかなり不評(笑)。
家で履くテンリッキ(つっかけ)もフェネリウム(フェネルバフチェオフィシャルグッズショップ)で
わざわざ買いました。電話も灰皿もね。
我が家でジンボンボンとか言うと大変な事になる。
マッチの有る日は、旦那の「妻公認単独夜間外出日」に制定されている。(笑)

今シーズン(いんしゃら)はイスタンにマッチ(試合)を観に連れて行って貰えるはず。
まあ、あてにしないで待っている私です。

2005年8月3日(水)
ギョズレメ食べ放題!

今日はアブラ(義姉)の家でギョズレメパーティ!
アブラのアパートの庭でご近所のファトマテーゼと一緒にギョズレメを焼いて食べました。
ギョズレメって言うのは薄いクレープ状の生地の中にチーズやひき肉の煮込みを挟み込んで
二つ折りにして鉄板で焼いて食べるんだけど、
ユフカって言う出来合いの生地を買ってくるんじゃなくて、
ここん家でやる時は生地から作ってしかも炭火で焼くので、やっぱ旨さが違います。

ギョズレメを食べる時に欠かせないのがアイラン(塩味ヨーグルトドリンク)。
これも私の大好物。一人でも作って飲んだりする。
暑い中ひーひー言って帰ってくる旦那に、これをチョイチョイって作ってだしてやると、
めちゃめちゃ喜ばれます。
作り方は簡単。
ヨーグルトに水を入れてお好みの薄さにして、
お好みの塩を入れて、よく混ぜて、終わり。
お試しあれ!

2005年8月3日(水)
あと片付け(残り物には福がある)

昨日は嵐のような一日でした。
今日は朝からお片付け。
まずは、昨日残ったエキメキ(パン)をお腹に片付けることから。(笑)
チーズに卵を混ぜいれてペイネルエキメキ(チーズパン)をアンネが作ってくれました。
上にはスジュクと言って牛肉のサラミを乗っけてフルン(オーブン)でカリカリに焼いて食べました。
「なんで皆、こんなに残すのかしら」ってアンネは文句を言うけど、
昨日のメニュー(昨日の日記参照のこと)でエキメキがお腹の何処に収まるって言うの?
トルコ人の胃袋にも限界があるってば。(笑)

食べ終わった後は二人で捻り鉢巻状態でテミズリッキ(お掃除)。
普段の徹底したお掃除のせいで、
ミサーフィル(お客様)をお迎えする当日は軽い掃除で済むってものです。
当日はイエメイ(お食事)にコンセントレートするからね。

2005年8月1日(月)
ミサーフィルゲルディーン(お客様がいらっしゃいましたー!)
今日はミサーフィル(お客様)をお迎えする為に我が家総出で全力投球でございました。
お客様は甥っ子の嫁のご実家一家。
左の写真は甥っ子の嫁がミサーフィルにいらした自分のババアンネ(お祖母ちゃん)に
エルオプ(親、またはそれ以上にあたる相手に最高の尊敬を込めてする挨拶。
手の甲にキスをして、そのままその手の甲を自分の額にあてる)をしてるところ。

甥っ子のゲリン(嫁)はウチのアンネの孫の嫁にあたる訳で今日はホスト側。
我が家のキュチュク(小さいほうの)ゲリンとして自分の両親と祖父母をミサーフィルに迎えた事になるのだ。
私は今日はブユックゲリン(大きいほうの嫁)と呼ばれてた。
「ほら!ブユックゲリンがお皿を洗っているって言うのにキュチュクゲリンのあんたがこんなトコに座ってちゃ駄目でしょ!」
って嫁が実の母親に叱られたりしててブユックゲリンは何かこそばいゆいのだ。

大人数をお迎えするなら、いつもならテラスにデッカイテーブルを出して接待するんだけど、
今日は生憎すっごい大雨が降って、急遽アンネ達のフロアのサロンにテラスのテーブルを持ち込んだ。
お食事はアブラもやって来て、午後いっぱいかけて、20人分の料理を作った。

メニューは
メジメッキチョルバス(レンズ豆のスープ)
チョバンサラタス(羊飼いのサラダ)
マントゥ(トルコ風水餃子トマトソースかけ)
キョフテ&ピラウ(肉団子のスープにバターライス添え)
ノフットと牛肉の煮込み
(ぜーんぶ大皿いっぱいよそいます。)
ストラチ(ライスプディング)
それに山盛りのエキメキ(パン)
ってな感じ。ふー。書くだけでお腹いっぱいになるなあ。

全員食べ終わったところを見計らってコーヒーとケーキ
ケーキはキュチュクゲリンのアンネス(お母さん)からお持たせで頂いたチョコレートケーキと
アンネが焼いたバクラヴァ。

一息ついて、男性陣が雨上がりのテラスに出て、タバコなど吸い始めたら、
チャイを入れる。

チャイもひと段落して手持ち無沙汰にならないうちに、メイヴェ(果物)。
今日はウズン(ブドウ)と我が家のバーア(果樹園)でババが穫って来たカユス(杏)と
バフチェ(庭)で取れたサラタルック(きゅうり)。

ここまででだいたい9時半くらいかな。
そこから、まだゆっくりお話などしてだいたい11時過ぎくらいまでいらっしゃる。
ミサーフィルがお帰りになってから、お疲れ様って事で、再びホスト側だった我々だけで、
チャイなど飲みつつ反省会って言うか慰労会。
なんだかんだと全員引き上げるのは12時半を廻るかなあ。

いいお接待が出来たねえ、って時は心地よい疲れで寝つきもいいのだ。